企業の開示資料を見ると、同じ年のScope2に「マーケット基準」「ロケーション基準」という2つの数字が載っていることがあります。当データベースでも各社の採用基準を記録しています。この2つの違いが分かると、企業の「再エネ調達の本気度」が数字から読み取れるようになります。この記事では2基準の仕組みに加えて、実際の削減手段である非化石証書・再エネ電力メニュー・PPA、そして「追加性」という重要な論点まで解説します。
2つの基準の違い
| 基準 | 使う排出係数 | 何を反映するか |
|---|---|---|
| ロケーション基準 | その地域の電力網の平均係数 | 物理的に使った電気の「平均的な」排出。再エネ契約をしても変わらない |
| マーケット基準 | 契約している電気メニュー・証書の係数 | 再エネメニューや非化石証書の購入が反映される。企業の「調達努力」が見える |
なぜ2つあるのか
「実際に流れてきた電気」と「お金を払って選んだ電気」は別だからです。再エネ100%契約をしても、コンセントから来る電子は同じ送電網のミックスで、物理的に区別することはできません。それでも「再エネを買う」という契約・支払いは、社会の再エネ投資を後押しする実効性のある行動です。そこでGHGプロトコルのScope2ガイダンス(2015年)は、地域の物理的な現実(ロケーション)と市場での調達の選択(マーケット)の両方を開示する(デュアルレポーティング)ことを求めました。
日本の実務では、削減目標の達成判定やSBT・CDPへの報告は多くの企業がマーケット基準で行い、ロケーション基準は参考値として併記するのが一般的です。
マーケット基準でScope2を減らす4つの手段
マーケット基準のScope2を減らすには、「再エネの環境価値」を何らかの形で調達する必要があります。日本で使われる主な手段は次の4つです。
1. 非化石証書
電気そのものから「非化石電源(再エネ等)で作られたという価値」だけを切り出して証書にしたものです。日本卸電力取引所(JEPX)のオークションで取引され、FIT非化石証書(固定価格買取制度の再エネ由来・トラッキング情報付きが主流)と非FIT非化石証書があります。FIT証書は2021年11月から企業も直接購入できるようになり、最低価格が1kWhあたり0.3円まで引き下げられたことで、環境価値の調達コストは大きく下がりました。電源の所在地や種類をたどれるトラッキング付き証書であれば、RE100の報告にも使用できます。
2. 再エネ電力メニュー
電力会社が販売する「再エネ100%」「CO2フリー」などのメニューに契約を切り替える方法です。実務はもっとも簡単で、電力会社側が証書の調達まで込みで提供してくれます。契約メニューの排出係数(調整後係数)がそのままマーケット基準の計算に使えます。
3. コーポレートPPA(電力購入契約)
特定の再エネ発電所と長期の購入契約を結ぶ方法で、3タイプあります。
- オンサイトPPA — 自社の屋根や敷地に事業者が太陽光を設置し、その電気を買う。送電網を介さない
- オフサイトPPA(フィジカル) — 離れた場所の発電所から送電網経由で電気と環境価値をセットで買う
- バーチャルPPA — 電気自体は買わず、環境価値(証書)と価格差の精算だけを契約する金融的な手法
PPAは長期契約(10〜20年程度)になる代わりに、新しい発電所の建設を直接支えられる点が評価されています。
4. 自家発電(自己保有)
自社で太陽光発電設備を保有して使う方法です。発電時の排出がないため、その分の購入電力が減り、Scope2は両基準とも減ります。証書もPPAも不要な、もっとも分かりやすい形です。
日本の実務での係数 — 「基礎」と「調整後」
日本でマーケット基準の計算に使うのは、環境省・経産省が毎年公表する電気事業者別排出係数です。ここには2種類の係数が載っています。
| 係数 | 意味 | 使いどころ |
|---|---|---|
| 基礎排出係数 | その電力会社の販売電力の実排出から計算した素の係数 | 調達努力を反映しない参考値 |
| 調整後排出係数 | 非化石証書などの環境価値の調達・販売を反映して調整した係数 | 再エネメニューの効果が現れる。マーケット基準・温対法報告の基本 |
再エネ100%メニューを契約すると、そのメニューの調整後係数は実質ゼロになり、マーケット基準のScope2がゼロに近づきます。同じ電力会社でもメニューごとに係数が公表されているため、自社の契約メニュー名を請求書で確認することが算定の第一歩です(算定ガイドStep2)。
「追加性」— 証書購入は本当に世界の排出を減らすのか
ここで知っておきたいのが追加性(additionality)という論点です。追加性とは「その調達行動が、なければ存在しなかった新しい再エネ設備を生み出したか」という問いです。
- 追加性が高い — 新設発電所とのPPA、自家発電の新設。契約・投資がなければその発電所は建たなかった
- 追加性が低い(と指摘される) — 既設の発電所由来の証書だけを安価に購入する場合。すでに存在する再エネの「価値の紙」が移動しただけで、新たな再エネは増えていないのではないか、という批判がある
現行ルール上は、どちらの手段でもマーケット基準のScope2削減として正当にカウントできます。ただし先進的な企業ほど「証書購入から、追加性のあるPPA・自家発電へ」と調達手段を高度化させる傾向があり、投資家やNGOの評価もその方向に向かっています。開示資料に調達手段の内訳(証書/メニュー/PPA/自家発電)が書かれていたら、その企業の調達の成熟度を測る手がかりになります。
読み方のコツ — 2つの数字の「差分」に注目
- マーケット基準がロケーション基準より大幅に小さい会社は、再エネ調達を進めている会社(例: ZOZO、エプソン、ヒューリックはマーケット基準がほぼゼロ)。差分がそのまま「調達努力の量」を表す
- 2つの数字がほぼ同じ会社は、再エネの環境価値をまだほとんど調達していない(あるいはマーケット基準を採用していない)会社
- 他社比較をするときは基準を必ず揃える。マーケット基準の会社とロケーション基準の会社を並べて比べるのは誤り。当サイトでは原則マーケット基準を採用し、基準を各社詳細ページに明記している
- RE100参加企業(事業電力100%再エネを掲げる企業連合)は、マーケット基準のScope2をゼロに近づけていく途上にある。達成率も開示資料で確認できる
自社で進めるなら — 現実的なロードマップ
これから再エネ調達を始める企業の典型的な段取りは次のとおりです。
- 現状把握 — 拠点ごとの電力使用量と契約メニュー・調整後係数を棚卸しし、ロケーション/マーケット両基準でScope2を計算する
- 省エネが先 — 使用量そのものを減らすほうが、証書を買うより恒久的で安い。LED化・空調更新・デマンド管理
- 大口拠点から再エネメニューへ切替 — 使用量の大きい工場・本社から順に。コスト増は使用量×単価差で見積もれる
- 証書で残りを埋める — メニュー切替が難しいテナント拠点などはトラッキング付き非化石証書でカバー
- PPA・自家発電を検討 — 長期の電力コスト固定と追加性の確保。屋根置き太陽光のオンサイトPPAは初期投資ゼロで始められる形態もある
よくある疑問
Q. 証書を買えばScope2ゼロ。それは「ずるい」のでは?
ルール上は正当な削減です。ただし上述の追加性の議論があるため、「証書だけでゼロ」と「PPA・自家発電を組み合わせてゼロ」では質が異なる、という見方が広がっています。開示の透明性(手段の内訳開示)が信頼の分かれ目です。
Q. ロケーション基準は何のために残っているの?
地域の電力網の脱炭素化(例: 原子力・再エネ比率の高い地域)を反映し、物理的な実態を示すためです。また証書の会計に懐疑的な立場からは、ロケーション基準こそが実態だという主張もあり、両方見るのが公平です。
Q. 海外拠点のScope2はどう計算する?
考え方は同じで、各国の電力網係数(ロケーション基準)と、現地で調達した再エネメニュー・証書(マーケット基準)を使います。マーケット基準で特定の契約がない場合は、各国の「残余ミックス」(証書として売られた分を除いた残りの電源構成)の係数を使うのが原則です。国によって係数も証書制度(欧州のGO、北米のRECなど)も異なるため、グローバル企業のScope2集計は国別の積み上げになります。
Q. 温対法の報告ではどちらを使う?
温対法(SHK制度)では電気事業者ごとの調整後排出係数を用いる仕組みで、再エネメニューや証書の効果を反映できる点はマーケット基準に近い考え方です。制度の全体像は日本の制度マップを参照してください。
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ポイント: ロケーション=地域の平均、マーケット=契約の選択。差分が「調達努力」。手段は証書→メニュー→PPA・自家発電の順に追加性が高まり、先進企業ほど後者へ向かっている。