Scope1・2の算定は、実は「請求書を集めて係数を掛ける」だけで始められます。専用システムも外部コンサルも、最初の一歩には必要ありません。中小企業でも1〜2週間あれば最初の数字が出せます。この記事では、5つのステップそれぞれを「今日から手を動かせる」レベルまで具体化します。集める書類の実名、排出係数の入手先、電卓で追える計算例まで載せているので、読みながらそのまま進めてください。
始める前に — 用意するのはExcel1枚
最初に必要な道具は表計算ソフト1枚だけです。シートの列は「拠点/排出源(燃料種)/期間/活動量/単位/排出係数/係数の出典/排出量(t-CO2)/根拠書類」の9列を作っておきます。この「根拠書類」列が、後々の第三者保証や取引先への説明で効いてきます。
Step1 範囲(バウンダリ)を決める
どの拠点・どの会社まで数えるかを最初に決めます。ここが曖昧なまま集計を始めると、来年「去年と何が違うのか」が説明できなくなります。
- 最初は「自社単体・国内全拠点」で十分。子会社・海外拠点は2年目以降に広げればよい
- 対象期間は会計年度に合わせる(例: 2025年4月〜2026年3月)
- 決めた範囲を1行で書き残す。「当社単体、国内の本社・工場・営業所計5拠点、2025年度」のように
組織境界の正式な考え方(出資比率基準・支配力基準)はGHGプロトコル入門で解説していますが、単体算定なら気にしなくて構いません。
Step2 データを集める — 集める書類の実名
経理部門に依頼すれば、ほとんどは1年分の請求書・明細として揃います。
| 排出源 | 集める書類 | 拾う数字 |
|---|---|---|
| 電気(Scope2) | 電力会社の請求書・検針票(Web明細可) | 月ごとの使用量(kWh)。契約メニュー名と電力会社名も控える |
| 都市ガス(Scope1) | ガス会社の請求書・検針票 | 使用量(m3) |
| LPG(Scope1) | LPG販売店の納品書・請求書 | 使用量(kgまたはm3) |
| 灯油・軽油・重油(Scope1) | 燃料店の納品書、タンクの補給記録 | 購入量(L) |
| 社用車の燃料(Scope1) | 給油カード(ガソリンカード)の月次明細、ETC・車両管理システムの給油記録 | 給油量(L)。車種ごとでなく全社合計でよい |
| フロン類(Scope1) | フロン排出抑制法の点検記録・充填証明書(空調・冷凍冷蔵設備がある場合) | 冷媒の充填・漏えい量(kg)と冷媒の種類 |
この段階のコツは「月別に12行で拾う」こと。年間合計だけを転記すると、検針月ズレや拠点の抜けに気づけません。
Step3 排出係数を掛ける — 係数はどこで手に入るか
係数は公的に無料公表されているものを使います。自分で決める必要はありません。
- 燃料の係数 — 環境省・経産省の「温室効果ガス排出量算定・報告・公表(SHK)制度」で公表されている算定方法・排出係数一覧。「SHK制度 排出係数」で検索すれば環境省のページに到達できます
- 電気の係数 — 環境省・経産省が毎年公表する「電気事業者別排出係数」。契約している電力会社・メニューの調整後排出係数を使うのが基本です(基礎排出係数との違いは後述)
代表的な燃料の係数はおおむね次の水準です(いずれもSHK制度の公表値。年度により微修正されるため、実際の算定では最新の公表値を確認してください)。
| 燃料 | 係数の目安 |
|---|---|
| ガソリン | 約2.32 kg-CO2/L |
| 軽油 | 約2.58 kg-CO2/L |
| 灯油 | 約2.49 kg-CO2/L |
| A重油 | 約2.71 kg-CO2/L |
| 都市ガス | 約2.2 kg-CO2/m3(ガス会社ごとの公表値を優先) |
| LPG | 約3.0 kg-CO2/kg |
計算式は「使用量 × 係数 = 排出量」だけです。
計算例 — 架空の小さな会社で通しでやってみる
数字のイメージを持つため、仮の設例(実在の企業ではありません)で1年分を計算してみます。本社+工場1拠点、社用車5台の会社を想定します。
| 排出源 | 年間活動量 | 係数(仮) | 排出量 |
|---|---|---|---|
| 電気 | 300,000 kWh | 0.000450 t-CO2/kWh | 135.0 t-CO2 |
| 都市ガス | 20,000 m3 | 2.23 kg-CO2/m3 | 44.6 t-CO2 |
| ガソリン(社用車) | 12,000 L | 2.32 kg-CO2/L | 27.8 t-CO2 |
- Scope1 = 44.6 + 27.8 = 72.4 t-CO2
- Scope2 = 135.0 t-CO2(マーケット基準: 契約メニューの調整後係数を使用)
- 合計(Scope1+2)= 207.4 t-CO2
電卓で追える計算です。例えば都市ガスなら 20,000 m3 × 2.23 kg = 44,600 kg → 1,000で割って44.6 t。kgからtへの換算(1,000で割る)を忘れないのが最初の関門です。
フロンがある場合の計算例も示します。事務所の空調から冷媒R410A(GWP約2,090)が年間2kg漏えい・充填記録で判明したとすると、2 kg × 2,090 ÷ 1,000 = 4.2 t-CO2e。わずか2kgの冷媒が、ガソリン約1,800L分に相当する計算になります。フロンを算定から漏らせない理由が分かるはずです。
Step4 合算して単位を確認する
報告・開示の単位はt-CO2e(CO2換算トン)です。
- kg-CO2で出た値は1,000で割ってトンにする
- フロン類の漏えいなどCO2以外のガスは、地球温暖化係数(GWP)を掛けてCO2相当量に換算して足す(例: 冷媒の漏えい量kg × その冷媒のGWP ÷ 1,000 = t-CO2e)
- 電気の係数には「基礎」と「調整後」の2種類がある。再エネメニューや証書の効果が反映されるのは調整後係数。どちらを使ったかを必ず記録する(マーケット基準とロケーション基準参照)
Step5 記録して毎年続ける
「いつの・どの範囲の・どの係数で」計算したかを1枚のシートに残します。具体的には、シートの冒頭に(1)対象期間、(2)対象拠点、(3)使用した係数の出典と年度、(4)推計した箇所とその方法、の4点をメモ欄として書いておくだけで十分です。翌年から前年比が語れるようになり、これが削減目標やSBT申請の土台になります。取引先からの調査票(取引先からの排出量要求への対応)にも、このシートがそのまま回答の根拠になります。
所要時間の目安 — 2週間のモデルスケジュール
| 日程 | 作業 |
|---|---|
| 1〜2日目 | バウンダリ決定、シート設計、経理・総務への書類依頼 |
| 3〜7日目 | 請求書・明細の回収と月別転記(依頼先の対応待ちが主) |
| 8〜9日目 | 係数の取得(SHK制度ページ・電気事業者別係数)と計算 |
| 10日目 | 検算(桁・単位・拠点の抜け)、前提メモの記入 |
| 11〜12日目 | 社内報告資料の作成(Scope1/2内訳、拠点別内訳のグラフ) |
2年目以降は書類の集め方が決まっているため、実働2〜3日まで短縮できます。
よくあるつまずきと対処
- テナント入居でメーターがない — ビル管理会社に共益費内の電力量を照会する。分からなければ契約面積での按分など推計ルールを決めて、その旨を明記する
- 社用車のガソリンが金額しか分からない — 給油カード明細に数量がなければ、月平均単価(円/L)で割って使用量に逆算する。計算方法をメモに残す
- 請求書が一部見つからない — 電力・ガス会社のWeb会員ページから過去分の使用量をダウンロードできることが多い。それも無理なら、判明している月の平均値で補間し「推計」と明記する
- 検針期間と会計年度がズレる — 検針日ベースのままでよい。毎年同じルールで続けることのほうが大事
- 完璧を目指してしまう — 初年度は「排出量の9割を占める排出源を押さえる」で十分。小さな営業所の灯油ストーブより、まず工場と電気。精緻化は2年目から
よくある質問
Q1. 再エネメニューを契約している拠点はどう計算しますか?
その拠点の電力には、契約メニューの調整後排出係数(再エネ100%メニューなら実質ゼロ)を使います。これがマーケット基準の計算です。あわせて地域の全国平均係数で計算したロケーション基準も出しておくと、開示水準の実務に近づきます。詳しくはマーケット基準とロケーション基準へ。
Q2. リース車両・レンタカーの燃料はScope1ですか?
自社が運行し燃料代を負担しているリース車両は、実務上Scope1に含めるのが一般的です(運用支配の考え方)。短期のレンタカーや従業員のマイカー出張はScope3(出張カテゴリ)に整理されますが、初年度のScope1・2算定では対象外として構いません。
Q3. 廃棄物や水道、通勤は数えなくていいのですか?
それらはScope3(カテゴリ5・7など)に属するため、Scope1・2算定では対象外です。まずScope1・2を固め、取引先要請や開示の必要に応じてScope3へ進むのが定石です(Scope1・2・3入門)。
Q4. 昨年と係数が変わったら、どちらで比べるべきですか?
各年度はその年度の公表係数で計算するのが原則です。電力係数の変動(電源構成の変化)で排出量が動くことはよくあるため、報告時には「使用量の増減」と「係数の増減」を分けて説明できるようにしておくと親切です。
できあがった数字をどう使うか
算定できたら、まず同業他社と並べてみましょう。当サイトのデータベースには日本企業のScope1・2実データ(詳細436社+温対法報告11,701社)が収録されており、自社の規模感を業界の中で位置づけられます。次のステップとしては、削減目標の設定、再エネ調達の検討、そして取引先から求められた場合のScope3対応(Scope1・2・3入門)へ進みます。Excel運用の限界とシステム化の目安はExcel算定の限界で扱っています。
ポイント: 算定は一度きりのイベントではなく、毎年続ける業務。初年度は「請求書12カ月分×公表係数」で9割を押さえれば合格。最初のシート設計(範囲・係数出典・推計方法の記録)がすべて。