当データベースの各社に付いている「SBT認定(1.5°C)」「ネットゼロ認定」というバッジ。これはSBTi(Science Based Targets initiative)という国際イニシアチブによる削減目標の認定です。いまや日本でも1,000社を超える企業が認定・コミットに名を連ね、取引先からの調達要件に挙がることも増えました。この記事では、認定区分の正確な読み方から、Scope3目標の要件、中小企業向けルート、費用感、認定後に課される義務、そして「取り消し」の実態まで解説します。
SBTとは
SBT=Science Based Targets(科学的根拠に基づく目標)。パリ協定の「気温上昇を1.5°Cに抑える」経路と整合する削減ペースかどうかを、第三者(SBTi)が審査して認定する仕組みです。CDP・国連グローバル・コンパクト・WRI(世界資源研究所)・WWFの共同イニシアチブとして2015年に発足しました。
ポイントは「野心的に見えるか」ではなく「科学が要求するペースに足りているか」で審査されることです。1.5°C経路との整合には、目安として年率4.2%の直線的削減(クロスセクターの場合)が求められます。「2030年に30%削減」のような目標が十分かどうかは、基準年と対象範囲を含めて機械的に検証されます。
認定区分の読み方
| 表記 | 意味 |
|---|---|
| 認定(1.5°C) | 短期目標(おおむね5〜10年先)がScope1+2で1.5°C経路と整合。現在の新規認定はこの水準が必須 |
| 認定(WB2°C) | 「2°Cを十分下回る」水準での認定。主にScope3目標や過去の認定に見られる区分 |
| ネットゼロ認定 | 2050年までにバリューチェーン全体で90%以上削減する長期目標まで認定された、最上位の区分。短期目標とセットで審査される |
| コミット | 「2年以内に目標を提出する」と宣言した段階。まだ認定ではない |
注意したいのは、SBTは「目標の水準」への認定であって、実績の認証ではないことです。認定バッジは「約束の質」を保証しますが、達成を保証するものではありません。だから認定の有無と毎年の実績推移はセットで読む必要があります。
Scope3目標はいつ必須になるか
短期目標の審査では、まずScope1・2・3のインベントリ(排出量の棚卸し)を揃えた上で、次のルールが適用されます。
- Scope3が総排出(Scope1+2+3)の40%以上を占める場合、Scope3目標の設定が必須。当サイトの収録企業を見ても、製造業・小売・商社の大半はこの条件に該当します
- 短期のScope3目標は、Scope3排出量の3分の2(67%)以上をカバーする必要がある
- Scope3目標の水準は1.5°Cまでは求められず、「2°Cを十分下回る(WB2°C)」水準でも認定可能。企業バッジに「Scope3: WB2°C」と併記されるのはこのため
- ネットゼロ認定の長期目標では要求が上がり、Scope3を含む排出の90%以上をカバーした上で、2050年までに総量を90%以上削減する経路が必要
また、食品・農業・林業などの企業には、土地利用由来の排出を別枠で扱うFLAG目標の設定が求められる場合があります(FLAGの解説)。金融機関には投融資ポートフォリオを対象とする専用の枠組みがあります(ファイナンスド・エミッション)。
目標のかたちはひとつではない
「排出量を何%減らす」という総量削減目標が基本形ですが、特にScope3では別の形式も認められています。
- 総量目標 — 排出量そのものを基準年比で削減する。もっとも標準的な形
- 原単位目標 — 生産量・付加価値あたりの排出を削減する形式。一定の条件下でScope3に認められる
- サプライヤーエンゲージメント目標 — 「調達額の一定割合の取引先に、期限までにSBT水準の目標を設定してもらう」という形式。自社では排出量を直接コントロールしにくいScope3カテゴリ1の現実的な手段として広く使われている
最後のサプライヤーエンゲージメント目標は、中堅・中小企業に「取引先からSBT設定の要請が届く」直接の原因です。大企業側が「取引先の何割にSBTを設定させる」と約束しているため、その達成のために要請が来るという構造です(なぜ大企業は取引先に排出量を聞くのか)。
また、鉄鋼・セメント・電力・輸送・不動産など排出の構造が特殊な業種には、業種ごとの削減経路を定めたセクター別ガイダンスが用意されており、該当する企業はそれに沿って目標を設計します。
中小企業(SME)向けルート
従業員数などの要件を満たす中小企業には、通常の審査を大幅に簡素化したSMEルートが用意されています。
- あらかじめ用意された選択肢から目標を選んで申請する方式で、個別の技術審査がなく、短期間で認定される
- Scope3の削減目標は必須ではない(Scope3の算定・削減への取り組みは求められる)
- 費用も通常ルートより大幅に安い
取引先の大企業から「SBT認定を取ってほしい」と言われた中堅・中小企業にとって、現実的な入口はこのルートです。自社がSME要件に該当するかは、申請時点のSBTiの最新基準で確認してください(要件は改定されることがあります)。
費用感
SBTiの審査は有料です。金額は目標の種類・組み合わせや為替で変わるため最新の料金表の確認が必要ですが、規模感としては通常ルートの審査費用は数千〜1万米ドル台、SMEルートは1,000米ドル前後〜という水準です。ただし実務上の本当のコストは審査料ではなく、その前提となるScope1・2・3インベントリの整備(データ収集体制、Scope3算定、場合によってはコンサルティング費用)にかかります。まだ算定が済んでいない場合はScope1・2算定の5ステップガイドから始めてください。
認定取得の流れ
- コミット(任意) — SBTiにコミットメントレターを提出。提出から2年以内に目標を出す約束になる。コミットを経ずに直接申請することも可能
- インベントリ整備と目標設計 — Scope1+2(および条件によりScope3)の排出量を算定し、基準年・目標年・削減率を設計する
- 申請・審査 — SBTiの技術審査を受ける。基準との不整合があれば修正して再申請
- 認定・公表 — SBTiのウェブサイトに企業名と目標が掲載される
認定後の義務 — 「取りっぱなし」にはできない
認定はゴールではなく、継続的な義務が伴います。
- 毎年の排出量と進捗の開示 — 統合報告書・サステナ報告書・CDP回答などを通じて、目標に対する進捗を毎年公表することが求められる
- 目標の見直し・再計算 — 少なくとも5年ごとに目標の妥当性を確認し、M&Aや算定方法の変更など大きな変化があれば基準年から再計算する
- 基準改定への追随 — SBTiの基準自体が改定されていくため、目標更新のタイミングで最新基準への適合が必要になる
取り消し(削除)は実際に起きている
SBTiは、コミットから2年以内に目標を提出しなかった企業の掲載を削除する運用を行っており、2024年前後には期限切れの企業のコミットが一斉に削除される事例が世界的に話題になりました。米アマゾンのコミットが削除されたことは広く報道された例です。つまりSBTのリストは「一度載れば安泰」ではなく、約束を果たさなければ外れる、生きたリストです。開示を読むときも「コミット」と「認定」を区別し、コミットのまま長期間止まっている企業には注意して見る価値があります。
よくある疑問
Q1. 目標を達成できなかったらどうなりますか?
未達を理由に認定が即座に取り消される仕組みではありません。ただし毎年の進捗開示を通じて未達は市場に見えるため、投資家・取引先への説明責任が生じます。取り消し(削除)が実際に運用されているのは、主にコミット期限内に目標を提出しなかったケースです。
Q2. 基準年はいつにすべきですか?
データの信頼性がある直近の年度が原則です。恣意的に排出の多かった年を選ぶことは審査で認められません。またM&Aや算定方法の変更があれば基準年の再計算が必要になるため、根拠データを保存しておくことが重要です。
Q3. 日本企業の取得は進んでいますか?
日本はSBT認定企業数で世界有数の国であり、大手製造業を中心に認定が広がっています。近年は取引先からの要請を受けた非上場の中堅企業がSMEルートで取得する例も増えています。認定の広がりと区分ごとの傾向は当サイトの分析ページ05章で実データを確認できます。
Q4. カーボンニュートラル宣言があればSBTは不要では?
宣言と認定は別物です。自社宣言には第三者の審査がなく、水準も範囲も自由に決められます。SBT認定は「1.5°C経路との整合」という共通のものさしで審査された証明であり、投資家・取引先からの信頼度が違います。言葉の違いはカーボンニュートラル・ネットゼロ・オフセットの違いで整理しています。
データで見るSBT
当サイトの分析ページ05章では、収録企業の認定区分ごとの社数と排出構成を比較できます。データベースの各社ページでは、認定区分と目標文言、実績の推移をあわせて確認できます。「ネットゼロ認定を持つ企業のScope3構成はどうなっているか」といった視点で眺めると、認定の重みが実感できるはずです。
次に読む
ポイント: SBTは「目標の水準」への認定であり、実績の認証ではない。Scope3が総排出の40%以上ならScope3目標が必須。認定後も毎年の開示と定期的な再計算が義務で、果たさなければ削除もある。