ここ数年、食品・農業・林業に関わる企業の開示で急に目にするようになったFLAG。Forest, Land and Agriculture(森林・土地・農業)の略で、土地に由来する排出と吸収を、通常のScope1〜3とは別枠で扱うための枠組みです。SBTi(Science Based Targets initiative)が2022年に専用の目標設定ガイダンスを公表して以降、食品・飲料・農業・林業セクターの排出管理は「エネルギー」と「土地」の二本立てで考えるのが国際標準になりつつあります。
なぜ土地だけ別枠なのか
工場やオフィスの排出は燃料や電気の使用量からほぼ機械的に計算できますが、土地の排出はまったく性質が違います。森林を切り開けば土壌や樹木に蓄えられていた炭素が一気に放出され、逆に適切に管理された農地や森林はCO2を吸収(除去)します。「出る」と「吸う」が両方あり、気象条件による年ごとの変動も大きく、測定にも大きな不確実性が伴います。だから通常のエネルギー起源の排出と同じ土俵で足し合わせると、実態が見えなくなるのです。
もうひとつの背景は、土地由来の排出の規模です。農業・林業・その他土地利用(AFOLU)は世界の温室効果ガス排出の2割前後を占めるとされ、特に食品企業ではバリューチェーン排出の過半が農畜産段階に由来することも珍しくありません。ここを別枠で「見える化」しない限り、食品・農業セクターの脱炭素は進まない — これがFLAGという枠組みが作られた理由です。
FLAG排出の3つの中身
| 区分 | 内容 | 例 |
|---|---|---|
| 土地利用変化 | 森林などを農地等へ転換した際の排出 | パーム油・大豆・牛肉・カカオ調達に伴う森林減少 |
| 土地管理 | 農地・牧場の運営に伴う排出 | 肥料からのN2O、水田・家畜からのメタン |
| 除去(吸収) | 土壌や森林への炭素貯留 | 植林、土壌炭素の増加、アグロフォレストリー |
ここで重要なのは、FLAGはCO2だけの話ではないことです。家畜の消化管発酵や水田から出るメタン(CH4)、窒素肥料に由来するN2O(一酸化二窒素)は、いずれもCO2より温室効果の強いガスで、農業排出の主役です(ガスの種類はカーボン用語入門参照)。
誰がFLAG目標の対象になるのか
SBTi(SBT入門参照)のFLAGガイダンスは、次のいずれかに当てはまる企業に、通常の目標とは別建てのFLAG目標の設定を求めています。
- 指定セクターの企業 — 森林・紙製品(林業、パルプ・紙)、食品生産(農産・畜産)、食品・飲料加工、食品・生活必需品小売、タバコなど、土地との関わりが深いセクター
- 上記以外でも、FLAG関連排出がScope1〜3合計の20%以上を占める企業 — たとえば化粧品や日用品メーカーでも、パーム油や紙パッケージの調達比率が高ければ対象になりえます
FLAG目標は近期(2030年前後)と長期(2050年)の両方で設定し、長期では大幅な削減(ガイダンスでは2050年に7割超の削減水準)が求められます。さらに特徴的なのは、FLAG目標では削減だけでなく除去(吸収)を目標達成にカウントできる点で、これはエネルギー起源の通常目標にはない扱いです。
森林減少ゼロ(ノーディフォレステーション)コミット
FLAG目標のもうひとつの柱が、森林減少ゼロへの公式コミットメントです。SBTiは、FLAG目標を設定する企業に対し、2025年末を期限とした森林減少ゼロ(主要な森林リスク産品について、森林を転換して生産された原料を調達しない)への宣言を要件としています。パーム油・大豆・牛肉・木材といった「森林リスク産品」のトレーサビリティ(産地の追跡可能性)確保が、実務上の最大の難所です。
GHGプロトコル「土地セクター・除去ガイダンス」の動向
算定ルールの側でも整備が進んでいます。GHGプロトコルは、土地由来の排出・除去の算定方法を定めるLand Sector and Removals Guidance(土地セクター及び除去ガイダンス)の策定を進めてきました。長くドラフト段階が続き、パイロットテストを経て最終化の作業が行われてきた分野で、除去のカウント方法(永続性の担保、モニタリング義務)など技術的な論点が多く残ります。実務に適用する際は、必ず最新版の確定状況を確認してください。
食品・農業系企業の実務への影響
- 算定の深掘りが必要になる — FLAG排出の大半はScope3カテゴリ1(調達)に埋まっています。産業平均の排出原単位を掛けるだけの算定(二次データベース)では土地利用変化を区別できないため、原料ごと・産地ごとのデータ把握が求められます
- 調達方針との一体化 — 森林減少ゼロコミットは、調達部門のサプライヤー管理(認証原料の採用、産地追跡)と不可分です
- 吸収のチャンス — 土壌炭素を増やす農法(不耕起栽培など)やアグロフォレストリーは、FLAG目標では達成手段としてカウントできるため、農業サプライチェーンへの投資が「排出削減策」として意味を持ちます
日本でも食品・飲料の大手を中心にFLAG目標の認定を取得する企業が出てきています。当サイトのSBT認定状況の分析や企業データベースで、食品セクター企業の目標欄に「FLAG」の記載があるかを確認してみてください。
FLAG対応を始める実務ステップ
自社がFLAGに関係しそうだと感じたら、次の順序で進めるのが現実的です。
- 該当性スクリーニング — 自社が指定セクターに含まれるか、含まれない場合はFLAG関連排出が全排出の20%を超えそうかを概算する。紙・パーム油・食品原料などの調達額から粗く見積もるだけでも判断材料になります
- 原料マッピング — 森林リスク産品(パーム油、大豆、牛肉、木材・紙、カカオ、コーヒー、天然ゴムなど)を調達品目リストから洗い出し、調達量と産地情報の把握状況を棚卸しする
- 排出の粗い推計 — まずは既存のScope3カテゴリ1算定(Cat.1算定実務)の内訳から、土地由来と思われる部分を切り出してみる。この時点では精度より「規模感の把握」が目的です
- データの段階的精緻化 — 産地特定できた原料から、土地利用変化を反映した排出原単位に置き換えていく。サプライヤーからの一次データ取得(依頼の実務)と認証原料への切り替えが両輪になります
- 目標設定 — 通常目標とFLAG目標を別建てで設計し、森林減少ゼロコミットの文言と期限を整える
最初から完璧なFLAG会計を目指す必要はありません。まず「自社のFLAG排出はどのくらいありそうか」の当たりをつけることが、目標設定にも調達戦略にも効いてきます。
データベースで読むときの注意
- FLAG目標は通常目標と別建てで認定されるため、同じ会社に「1.5°C(通常)+FLAG」のように複数の目標が並ぶことがある
- FLAG排出をScope3の各カテゴリ(主にCat.1 調達)に含めて開示するか、別掲するかは企業により異なる — 比較時は算定範囲の注記を確認
- 除去(吸収)を差し引いた「ネット」の数字か、排出だけの「グロス」かも要確認。SBTiのFLAG会計では排出と除去を分けて報告するのが原則です
- Scope1〜3の基本区分(Scope1・2・3入門)を押さえたうえでFLAGを読むと、開示の構造が理解しやすくなります
ポイント: FLAGは「土地の排出と吸収は性質が違うから別に数える」ための枠組み。食品・農業セクターの企業は、通常目標とFLAG目標の二本立て+森林減少ゼロコミットが国際標準。開示を読むときは、FLAG分がScope3に含まれているか・ネットかグロスかを必ず確認する。