Scope3の精度を上げる本命は、サプライヤーからの一次データ取得です(一次・二次の違いはこちら)。しかし初回の依頼を間違えると「面倒な取引先」認定され、以後の協力が得にくくなります。本記事では、依頼前の社内準備から、対象の選び方、そのまま使える3パターンのメール文例、回答様式の項目リスト、サプライヤーからのよくある質問への回答例までを一気通貫で整理します。
依頼の前に — 社内準備が半分を決める
依頼の成否は、メールを送る前にかなり決まっています。特に重要なのが購買部門との連携です。
- 購買部門を最初に巻き込む — サプライヤーとの日常の窓口は購買です。環境部門が単独で依頼状を送ると、サプライヤーの営業担当は自社の購買窓口に「これは何ですか」と確認し、購買が把握していなければその時点で信頼を失います。依頼状の送付ルートは購買経由(または購買連名)が原則です
- 依頼の位置づけを社内で文書化する — 「取引評価には使わない」「回答の有無で発注を変えない」という方針を購買部門と合意し、社内文書にしておきます。サプライヤーから購買担当に質問が来たとき、担当者ごとに答えがぶれるのが最も危険です
- 問い合わせ窓口を一本化する — 依頼状に記載する連絡先を1つに決め、想定問答(後述)を窓口担当に渡しておきます
- 回収後の使い道を先に決める — 受領したデータをCat.1のどの品目にどう反映するか(売上按分か、品目別原単位か)を先に設計します(Cat.1の算定方法参照)。使い道が決まっていないデータ収集は、翌年に設問を変えることになり、サプライヤーの負担を倍にします
対象サプライヤーの選び方
全取引先への一斉送付は悪手です。回収率が下がるだけでなく、フォローが回らず関係構築になりません。初年度は10〜20社に絞るのが現実的です。選定は次の3条件の掛け合わせで行います。
- 推計排出量が大きい — 調達金額ではなく、金額×原単位で並べ替える。原単位の大きい原材料(金属・油脂・乳製品・樹脂など)は金額順位より上に来ます
- 関係が深い — 取引年数が長い、取引額に占める自社比率が高い、定期的な商談がある
- 協力が見込める — 上場企業や統合報告書でGHG開示をしている企業は算定済みの可能性が高く、初年度の成功体験を作りやすい
この3条件で選ぶと「確実に返してくれる層」と「排出量は大きいが未算定の層」が混ざります。それで構いません。前者で回収の仕組みを作り、後者とは複数年かけた関係構築を始める、という二段構えです。
依頼の5原則
- 1. 目的を最初に伝える — 「取引選別のためではなく、自社のScope3算定と共同削減のため」と明示する。疑心暗鬼が最大の障壁
- 2. 最初は軽く頼む — いきなり製品別カーボンフットプリントを求めない。まずは会社全体のScope1・2実績(あれば)で十分
- 3. 様式を用意する — 回答フォーマット(記入例つき)を添付する。自由回答は相手の負担が大きく回収率が下がる
- 4. 取り扱いを約束する — データの利用目的・共有範囲・秘密保持を文書で明確にする
- 5. 返すものを用意する — 算定ガイドの提供、勉強会、回答企業への結果フィードバックなど。一方的な徴収にしない
メール文例1: 初回依頼
件名: 【ご協力のお願い】温室効果ガス排出量データのご提供について
◯◯株式会社 ◯◯様
平素より大変お世話になっております。◯◯株式会社 調達部の◯◯です。
当社はサプライチェーン全体の温室効果ガス排出量(Scope3)の算定に取り組んでおり、主要なお取引先様に排出量データのご提供をお願いしております。本依頼は取引条件の評価を目的とするものではなく、当社の算定精度向上と、将来的な削減のご相談の基礎とさせていただくものです。
つきましては、添付の回答様式にて以下をご教示いただけますと幸いです。
1. 貴社全体のScope1・Scope2排出量(直近年度・算定済みの場合)
2. 算定がまだの場合は、その旨のご回答で結構です
ご提供いただいたデータは当社Scope3算定の目的にのみ使用し、第三者への開示はいたしません。算定がこれからという場合には、当社で使用している算定手順のご紹介も可能です。
ご多忙のところ恐縮ですが、◯月◯日までにご回答いただけますと幸いです。
メール文例2: リマインド(期限1週間前〜期限後)
リマインドは催促ではなく障害の除去と位置づけます。「まだですか」ではなく「どこで止まっていますか」を聞きます。
件名: 【再送・◯月◯日期限】排出量データご提供のお願い(ご不明点はお気軽に)
◯◯株式会社 ◯◯様
先日お送りした排出量データご提供のお願いについて、期限が近づいて参りましたのでご連絡いたしました。既にご対応中でしたら行き違いをご容赦ください。
もし「どの数字を書けばよいか分からない」「社内のどの部署に確認すべきか迷っている」といった点でお手が止まっているようでしたら、遠慮なくお知らせください。お電話やオンラインで15分ほどご説明する形でも対応可能です。
また、現時点で算定されていない場合は、様式の「未算定」欄に印をつけてご返送いただくだけで結構です。それも当社にとって重要な情報となります。
お忙しいところ恐れ入りますが、どうぞよろしくお願いいたします。
ポイントは「未算定と返すだけでよい」と再度明示することです。未算定企業の多くは「答えられないから返信しない」だけであり、この一文で回収率が目に見えて変わります。
メール文例3: 未算定企業向けフォロー
「未算定」と回答してくれた企業には、責めずに支援を提示します。翌年以降の一次データ供給元を育てるフェーズです。
件名: ご回答ありがとうございました/算定をご検討の際のご案内
◯◯株式会社 ◯◯様
このたびは排出量データに関する調査にご回答いただき、誠にありがとうございました。現時点で未算定とのこと、承知いたしました。ご回答いただけたこと自体が当社にとって大変有益であり、今回のご回答が貴社との取引に影響することは一切ございません。
今後、算定をご検討される場合に向けて、当社では以下のご支援をご用意しております。
1. Scope1・2算定の手順資料(当社が実際に使用しているもの)のご提供
2. お取引先様向けオンライン勉強会(年2回開催・無料)のご案内
3. 初回算定に関する個別のご相談(30分程度)
Scope1・2の算定は、燃料と電気の使用量が分かれば小規模な体制でも着手可能です。ご興味がございましたら、上記いずれでもお気軽にお申し付けください。来年度も同様のお願いをさせていただく予定ですので、その際に改めてご相談できれば幸いです。
回答様式に入れる項目リスト
様式はExcel1枚、入力セルは色分けし、記入例の行を必ず入れます。初回依頼で入れる項目は次の通りです。
- 基本情報 — 会社名、回答部署・担当者名、連絡先、回答日
- 算定状況 — 「算定済み/算定中(完了予定時期)/未算定」の3択
- Scope1排出量(t-CO2e)と対象年度(期間を明記してもらう)
- Scope2排出量(t-CO2e)と算定基準(ロケーション基準/マーケット基準の別。2つの基準参照)
- 算定範囲 — 単体か連結か、対象拠点(当社向け製品の製造拠点が含まれるか)
- 第三者検証の有無
- 公開情報の参照先 — 統合報告書やCDP回答で公開済みの場合はその旨(転記の手間を省けます)
- 自由記入欄 — 補足・当社への要望
初年度に売上高や当社向け売上比率まで聞くかは判断が分かれますが、按分計算に必要な場合は「差し支えない範囲で」と明記して任意項目にするのが穏当です。
よくある質問と回答例
| サプライヤーからの質問 | 回答例 |
|---|---|
| 回答しないと取引に影響しますか | 「影響しません。本依頼は当社の算定精度向上が目的で、回答の有無・内容を取引条件の評価に使うことはありません」— 購買部門と合意済みの方針をそのまま伝える |
| データはどこまで共有されますか | 「当社の算定担当部署のみで使用し、貴社名つきの数値を外部に開示することはありません。開示物に含まれるのは全サプライヤー合算後の数値のみです」 |
| なぜ会社全体の数字なのですか。当社向け製品分だけでは | 「製品別の算定はご負担が大きいため、初回は会社全体の実績で十分です。当社側で取引額等に基づき按分して使用します」 |
| 算定していないので回答できません | 「未算定という回答で全く問題ありません。ご希望があれば算定手順の資料を提供します」 |
| 毎年依頼が来るのですか | 「年1回、同じ様式でお願いする予定です。前年の回答を転記した様式をお送りしますので、2回目以降は差分の更新のみで済みます」 |
| 他社からも同様の依頼が来て様式がばらばらで困っています | 「業界共通の枠組みやCDPの回答をお持ちであれば、その転記・流用で構いません」— 相手の重複負担を減らす姿勢を示す |
スケジュールと回収率の目安
依頼から反映までは、社内準備1〜2か月、回答期限は送付から1か月、リマインドとフォローに1か月、検算と算定反映に1〜2か月で、全体で4〜6か月を見ておくと無理がありません。自社の算定・開示スケジュールから逆算し、繁忙期に回収のピークが重ならないよう送付時期を決めます。回収率は、上記の3条件で対象を絞り、購買連名+リマインドまで行った場合で7〜8割が現実的な目安です(未算定という回答も回収に数えます)。一斉送付型の調査では回収率が大きく下がるのが通例で、初年度に低い回収率の「実績」を作ってしまうと社内の期待値管理も難しくなります。
回収後にやること
- 回答企業には必ず礼と結果概要を返す — 「貴社データを反映し、当社Cat.1の◯%が一次データになりました」の一文で翌年の回収率が変わる
- 未回答企業は金額ベース推計(二次データ)で継続し、翌年に再依頼
- 一次データと二次データの区別・受領日・按分方法を記録する(一次データと二次データ参照)
- この一連の流れを1年目に実践した具体像は食品メーカーのモデルケースで時系列に紹介しています
ポイント: 一次データ取得は「調査」ではなく「関係構築」。送る前に購買部門と方針を固め、対象は3条件で10〜20社に絞る。初回は軽く、リマインドは障害除去、未算定企業には支援を。様式と想定問答まで用意してから送る。