Scope3の次のテーマは「算定」から「一次データ・削減」へ移っています。この記事では、一次データと二次データの違いと、なぜ今、一次データが重視されるのかを整理します。あわせて、精度と手間のトレードオフ、二次データから一次データへ置き換える順番、両者を組み合わせるハイブリッド法、受け取った一次データの検証と受け取り様式まで扱います。
定義の違い
| 二次データ | 一次データ | |
|---|---|---|
| 中身 | 業界平均の排出原単位×自社の活動量(購買金額など) | サプライヤー自身が算定した実測ベースの排出量 |
| 取得コスト | 低い(公的DBを利用) | 高い(サプライヤーへの依頼・回収が必要) |
| 削減努力の反映 | されない | される |
| 主な用途 | 初期算定・全体把握 | 削減管理・サプライヤーエンゲージメント |
二次データの代表は、環境省の排出原単位データベースにある産業連関表ベースの原単位(表5、購買金額に掛ける)と、製品・素材の物量に掛ける積み上げベースの原単位(表4)、それに産総研のIDEAのようなLCIデータベースです。いずれも「平均的な製品・サービス1単位当たり」の値で、誰が作ったかは区別しません。一次データは、サプライヤーが自社のScope1・2(場合によってはその上流も)を算定し、納入する製品や取引先ごとに配分した値です。買い手から見ると「そのサプライヤーの、その製品の」排出量になります。
二次データの限界
二次データは「まず全体像を掴む」には優れた方法です。しかし業界平均値を使う以上、サプライヤーを削減努力で選んでも、切り替えても、算定上のScope3は変わりません。削減のPDCAを回す段階になると、二次データは限界を迎えます。
金額ベースにはもう一つの弱点があります。購買額が値上げで増えれば排出量も増え、値引きで減れば排出量も減る、という価格の影響です。実際の調達量が同じでも数字が動くため、削減の進捗を示す指標としては使えません。物量ベース(重量×積み上げ原単位)にすると価格の影響は消えますが、それでも「平均的な製品」の値であることは変わりません。
なぜ今、一次データなのか
環境省は、Scope3削減にはサプライヤー・取引先とのエンゲージメントが重要であり、一次データによってサプライヤー自身の削減努力を算定結果へ反映させることを示しています。2026年度には、一次データ取得やデジタル技術を活用した算定・データ取得の効率化・自動化を検討するモデル事業も実施されています。
一次データは「精緻な算定」のためだけのものではない。サプライヤーの削減努力を評価し、協働削減につなげるための共通言語である。
買い手側の事情もあります。SBT認定を受けた企業(TANSO収録526社のうち196社)は、目標の進捗を数字で示す必要があり、二次データのままでは自社の努力が見えません。開示制度の側でも、算定方法とその限界を説明することが求められるため、「金額ベースの推計であり、主要サプライヤーから一次データへ置き換えている」と言える状態が求められます(背景はなぜ大企業は聞き始めたのか)。
精度と手間のトレードオフ
算定方法は精度の低い順に4段階に整理できます。上に行くほど精度が上がり、手間も増えます。
| 段階 | 方法 | 活動量 | 精度と手間 |
|---|---|---|---|
| 1 | 金額×産業連関表ベース原単位 | 購買金額 | 粗い。会計データだけで全品目を網羅できる |
| 2 | 物量×積み上げ原単位 | 重量・数量 | 価格の影響が消える。物量データのある主要原材料に限られる |
| 3 | ハイブリッド法 | 上位は一次データ、残りは1・2 | 実務の現実解。置換率で精度を管理できる |
| 4 | 一次データ | サプライヤーの実測値 | 削減努力が反映される。依頼・回収・検証の手間が大きい |
全品目を段階4にする必要はありません。排出量の8割は少数の品目・取引先に集中していることが多いため、その部分を一次データにし、残りは二次データのまま置くのがハイブリッド法です。全体の精度は「排出量ベースで一次データが占める割合(置換率)」で表せ、これがそのまま進捗指標になります。段階1から2への移行は自社のデータだけで進められる一方、段階3以降はサプライヤーの協力が要るため時間軸が変わります。段階2までを初年度、段階3を2年目以降の目標に置くのが現実的です。
移行の進め方(現実解)
全サプライヤーから一斉に取得するのは非現実的です。実務では次の順で進めます。
- 二次データで全体を算定し、排出量の大きい品目・サプライヤーを特定する(カテゴリ1の手順はこちら)
- 物量データのある主要原材料を積み上げベースへ置き換え、価格の影響を除く
- 上位サプライヤーから依頼する(排出量の8割は少数の取引先に集中していることが多い)
- 依頼フォーマットを標準化する(何を・どの単位で・いつまでに)
- 回収できた分から段階的に一次データへ置き換え、置換率をKPIにする
置き換える順番は「排出量が大きい順」が基本ですが、同じ排出量なら「取引関係が深く、回答してもらえそうな先」を先にします。初年度に数社でも回収できれば、依頼の様式と検証の手順が固まり、翌年の依頼先を広げやすくなります。依頼の文面と様式はサプライヤーへの依頼の仕方で解説しています。
一次データの検証と受け取り様式
一次データは受け取って終わりではありません。二次データと違って値の出所がサプライヤー任せになるため、受け取り様式で前提を揃え、検証してから採用する必要があります。様式に最低限入れる項目は次のとおりです。
- 対象期間(年度)と対象範囲(工場・事業所)
- Scope1・2の排出量と算定方法(燃料・電力の実績か、推計か)。Scope2は基礎排出量かマーケット基準かの区別
- 自社向け製品への配分方法(生産量按分・売上按分など)と配分後の値、単位(製品1単位当たり、または取引額当たり)
- 上流(サプライヤーのScope3)を含むかどうか
- 第三者検証の有無と、担当者の連絡先
検証では、受け取った値を同じ製品の二次データと比べ、桁が大きく違えば理由を確認します。配分方法が不明な値、対象期間がずれている値、Scope2の基準が混在している値は、そのまま採用せず修正を依頼します。採用した一次データは「どのサプライヤーの、どの年度の、どの様式の値か」を二次データと同じ形式で根拠記録に残し、翌年に同じサプライヤーから受け取ったときに前年比を出せるようにします。
よくある誤解
- 「一次データは常に二次データより正確」 — サプライヤーの算定が粗ければ、二次データより信頼できないこともあります。検証なしの採用は精度を下げます
- 「一次データにすると排出量が減る」 — 増えることも普通にあります。目的は削減努力を反映できる状態にすることで、数字を小さくすることではありません
- 「全サプライヤーに同じ様式で送ればよい」 — 上位の主要サプライヤーには製品単位の配分まで、それ以外にはScope1・2の総量だけ、と負担を分けた方が回収率が上がります
依頼される側(サプライヤー)の視点
一次データを「出せる」ことは、今後のサプライヤー評価での強みになります。まずScope1・2の算定を継続できる体制を作ることが、一次データ提供の土台です。そのうえで、自社の排出量を製品や取引先へ配分する考え方を一つ決めておけば、複数の買い手から様式の異なる依頼が届いても、同じ計算から答えられます。依頼が届いたら最初に確認するのは、求められている単位(製品当たりか、取引額当たりか、年間総量か)、対象期間、Scope2の基準の3点です。ここを揃えてから計算すれば、後からの再計算を避けられます。
ポイント: 二次データは業界平均の原単位に活動量を掛ける方法で、全体像の把握に向くがサプライヤーの削減努力は反映されない。一次データはサプライヤー自身の実測値で、削減の共通言語になる。実務は金額ベース→物量ベース→上位サプライヤーの一次データというハイブリッド法で進め、置換率をKPIにする。受け取った一次データは様式で前提を揃え、検証してから採用する。