企業の温室効果ガス(GHG)排出量は、世界共通のルール「GHGプロトコル」に沿って3つの区分(Scope)に分けて数えます。当サイトのデータベースもこの区分で整理されています。この記事では、GHGプロトコルが生まれた背景から、各Scopeの正確な定義、組織境界の考え方、Scope3の15カテゴリ、実際の開示の読み方まで、15分で一通り理解できるようにまとめました。ここを押さえれば、企業のサステナビリティ報告書の排出量ページはほぼ読めるようになります。
GHGプロトコルはどこから来たのか
1997年に採択された京都議定書で、先進国には国単位の削減義務が課されました。しかし「では、企業単位の排出量はどう数えるのか」という共通ルールは存在しませんでした。各社がばらばらの方法で計算していては、比較も目標設定もできません。
そこで米国のシンクタンクWRI(世界資源研究所)と、企業連合のWBCSD(持続可能な開発のための世界経済人会議)が共同で標準づくりに乗り出し、2001年に最初の「GHGプロトコル企業算定・報告基準(コーポレート基準)」を公表しました(2004年改訂)。ここで初めてScope1・2・3という区分が定義されます。その後、2011年にScope3の詳細ルールを定めた「Scope3基準」、2015年に電力の数え方を精緻化した「Scope2ガイダンス」が加わり、現在の体系ができあがりました。
重要なのは、GHGプロトコルは法律ではなく民間発の自主基準だという点です。それにもかかわらず、ISO14064、CDP質問書、SBTi、そして日本のSSBJ基準を含む各国の開示制度が、いずれもGHGプロトコルを土台にしています。事実上の世界標準です。
なお、対象となる温室効果ガスはCO2だけではありません。メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O)、HFC類、PFC類、SF6、NF3の計7種類(京都議定書の対象ガス)で、CO2以外のガスは地球温暖化係数(GWP)を使ってCO2相当量に換算し、t-CO2e(CO2換算トン)という単位で合算します。
3つのScope — まず全体像
| 区分 | 定義 | 例 |
|---|---|---|
| Scope1 | 自社が直接出す排出 | 工場のボイラー燃料、社用車のガソリン、高炉のコークス |
| Scope2 | 買ってきたエネルギー由来の間接排出 | 購入した電気・蒸気・熱(発電所側で出た分) |
| Scope3 | それ以外のサプライチェーン全体の排出 | 原材料の製造、輸送、出張、製品の使用・廃棄など15カテゴリ |
各Scopeをもう一段深く
Scope1 — 自社の敷地・設備から直接出る排出
自社が所有・支配する排出源からの直接排出です。中身は大きく4種類に分かれます。
- 固定燃焼 — ボイラー、炉、自家発電機などでの燃料(都市ガス・重油・灯油・石炭など)の燃焼
- 移動燃焼 — 社用車・自社トラック・フォークリフトなどの燃料使用
- プロセス排出 — 化学反応そのものから出る排出。セメント製造(石灰石の焼成)や鉄鋼(高炉での還元)が典型で、燃料を替えても消えない
- 漏えい(フュージティブ)排出 — 空調・冷凍機からのフロン類の漏れ、配管からのメタン漏れなど
オフィス中心の会社ではScope1は小さく、素材・エネルギー産業では圧倒的に大きくなります。業種ごとの構成比の違いは分析ページ01章で確認できます。
Scope2 — 買った電気・熱の「発電所側」の排出
購入した電気・蒸気・熱・冷熱を作る過程で、エネルギー供給者側の設備から出た排出です。物理的な煙突は電力会社側にありますが、その電気を使ったのは自社なので、「エネルギー使用に伴う間接排出」として自社の排出量に計上します。多くのオフィス系・小売系企業では、Scope1+2のほとんどをScope2(電気)が占めます。
Scope2には「ロケーション基準(地域の電力網の平均係数で計算)」と「マーケット基準(契約している電力メニューの係数で計算)」という2つの計算方法があり、再エネ電力の調達はマーケット基準に反映されます。GHGプロトコルは両方の開示(デュアルレポーティング)を推奨しています。詳しくはマーケット基準とロケーション基準で解説しています。
Scope3 — 自社の外側、バリューチェーンの排出
Scope1・2以外のすべての間接排出です。原材料をつくる取引先の排出、製品を運ぶ物流会社の排出、売った製品を顧客が使うときの排出、廃棄されるときの排出——つまり自社の事業活動に関連する「他社の排出」です。多くの企業で総排出量の8割以上をScope3が占めることが知られており、当サイト収録企業でも大半の業種で排出の主役はScope3です。
組織境界 — 「自社」の範囲はどう決める?
算定を始める前に決めるべきなのが「どこまでを自社として数えるか」=組織境界です。子会社や合弁会社をどう扱うかで数字が大きく変わるため、GHGプロトコルは2つのアプローチを定めています。
| アプローチ | 数え方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 出資比率基準 | 出資比率に応じて排出量を按分(50%出資なら排出の50%を計上) | 資本のリスク・リターンと整合。金融機関の考え方に近い |
| 支配力基準 | 支配している事業の排出を100%計上(財務支配力または経営支配力で判定) | 「自分がコントロールできる排出」に責任を持つ考え方。実務で主流 |
日本企業の開示では、連結財務諸表と揃えた支配力基準(連結ベース)が主流です。ここで大事なのは、どちらを選んでもよいが毎年同じ基準で数え続けること。境界が変わると前年比較が意味を失うため、M&Aなどで境界が大きく変わった場合は基準年の排出量を再計算するのがルールです。
基準年と再計算 — 比較可能性を守る仕組み
組織境界とセットで知っておきたいのが基準年の考え方です。削減目標は「2013年度比」「2020年度比」のように、ある年を起点に語られます。GHGプロトコルは、M&Aや事業売却、算定方法の大きな変更があった場合には基準年の排出量をさかのぼって再計算することを求めています。そうしないと、会社を売却しただけで「削減した」ことになってしまうからです。開示資料で過去の数字が昨年の資料と違っていたら、多くはこの再計算によるもので、注記にその旨が書かれています。数字の改ざんではなく、むしろ誠実な運用のしるしです。
Scope3の15カテゴリ一覧
Scope3はさらに15のカテゴリに分かれます。カテゴリ1〜8が「上流」(調達・購買側)、9〜15が「下流」(販売・使用側)です。
| No. | カテゴリ | 中身の例 |
|---|---|---|
| 1 | 購入した製品・サービス | 原材料・部品・仕入商品・外注サービスの製造時排出 |
| 2 | 資本財 | 建物・設備・車両など固定資産の建設・製造時排出 |
| 3 | 燃料・エネルギー関連(Scope1・2に含まれないもの) | 燃料の採掘・精製、送電ロスなど |
| 4 | 輸送・配送(上流) | 調達物流、支払いを伴う出荷物流 |
| 5 | 事業から出る廃棄物 | 廃棄物の輸送・処理 |
| 6 | 出張 | 従業員の出張(飛行機・新幹線・宿泊など) |
| 7 | 雇用者の通勤 | 従業員の通勤 |
| 8 | リース資産(上流) | 借りている資産の運用に伴う排出 |
| 9 | 輸送・配送(下流) | 販売後の輸送・保管・小売(自社負担分以外) |
| 10 | 販売した製品の加工 | 中間製品が顧客側で加工されるときの排出 |
| 11 | 販売した製品の使用 | 自動車の走行、家電・給湯器の使用、燃料の燃焼など |
| 12 | 販売した製品の廃棄 | 製品・容器包装の廃棄処理 |
| 13 | リース資産(下流) | 貸している資産から出る排出 |
| 14 | フランチャイズ | フランチャイズ加盟店の排出 |
| 15 | 投資 | 投融資先の排出。金融機関では最重要(ファイナンスド・エミッション) |
全カテゴリを覚える必要はありません。ほとんどの企業では次の2つが圧倒的に大きいからです。
- カテゴリ1(購入した製品・サービス) — 食品・小売・商社・建設はここが最大(カテゴリ1の算定方法)
- カテゴリ11(販売した製品の使用) — 自動車・機械・給湯器・エネルギーはここが最大(カテゴリ11の解説)
当サイトの分析ページ04章では、日本の主要企業の排出がどのカテゴリに集中しているかを実データで確認できます。15カテゴリの見分け方をもっと詳しく知りたい方は15カテゴリの分類ガイドへ。
ダブルカウントはなぜ問題にならないのか
ここで多くの人が引っかかる疑問があります。A社のScope3(例: 部品の調達)は、部品メーカーB社のScope1でもあります。さらに部品を運ぶ物流会社C社のScope1は、A社・B社双方のScope3カテゴリ4かもしれません。つまり社会全体では同じ排出が複数社に重複計上されます。
これは制度の欠陥ではなく、意図された設計です。理由は次の通りです。
- 目的が「合計」ではなく「行動」だから — Scope3の目的は国の排出量集計ではなく、サプライチェーンの全プレイヤーに「自分にも減らす責任と手段がある」と自覚させること。同じ排出を売り手と買い手の双方が数えるからこそ、双方に削減のインセンティブが働く
- Scope1同士は重複しないから — 国全体・世界全体の排出量を集計するときは各社のScope1だけを足せばよく、そこに重複はない。Scope3は「責任の地図」であって「排出の総量勘定」ではない
- だからこそ足し算は禁物 — 複数企業のScope3を単純合計しても日本全体の排出量にはならない。当サイトの分析でScope3の業種合計を示すときも「規模感の把握」が目的で、社会全体の総量とは別物と考えてください
どのScopeから減らすか — 打ち手の順番
3つに分ける最大の理由は「自分で減らせる度合い」が違うからです。打ち手を並べると、削減の定石が見えてきます。
- Scope1の削減 — 燃料転換(重油→ガス→電化)、高効率設備への更新、フロンの適正管理、社用車のEV化。自社の設備投資で完結するが、プロセス排出(セメント・鉄鋼など)は技術革新なしには減らせない
- Scope2の削減 — 省エネに加えて、再エネ電力メニューへの切替、非化石証書、PPA、自家発電。「電気の買い方を変える」だけで大きく減らせるため、多くの企業が最初に成果を出すのはここ
- Scope3の削減 — 取引先との協働(調達先の再エネ化・軽量化設計)、製品の省エネ性能向上、物流効率化、リサイクル設計など。自社だけでは完結しないため時間がかかるが、総量が最大なので本丸でもある
開示の世界で「Scope1・2は自助努力、Scope3は共助」と言われるのはこの構造のためです。取引先に協力を求める動きが強まる理由も、ここから理解できます(なぜ大企業は取引先に排出量を聞くのか)。
実際の開示はこう読む
実在企業の開示を読むときのチェックポイントを挙げます。当サイトのデータベース(詳細436社)で任意の企業を開きながら確認してみてください。
- 単位を見る — t-CO2eか、千t-CO2eか、万t-CO2eか。桁の読み違いが最も多いミス
- 境界を見る — 単体か連結か、国内のみかグローバルか。脚注に書いてあることが多い
- Scope2の基準を見る — マーケット基準かロケーション基準か。両方併記されていれば差分が再エネ調達の努力量
- Scope3のカバー範囲を見る — 15カテゴリ全部を算定している企業もあれば、カテゴリ1と11だけの企業もある。「Scope3が小さい」のは排出が少ないのではなく算定範囲が狭いだけ、というケースは頻繁にある
- 前年比を見る — 減った理由が実削減なのか、係数や算定方法の変更なのかは注記で確認する
よくある疑問(FAQ)
Q1. 自家発電の電気はScope1? Scope2?
自社設備で燃料を燃やして発電していれば、その燃料の排出はScope1です。Scope2はあくまで「外部から購入した」エネルギーが対象です。自社の屋根の太陽光で作った電気は、燃焼を伴わないためScope1にもScope2にも排出は計上されません。
Q2. 電気自動車の社用車はどうなる?
ガソリン車の燃料はScope1ですが、EVの充電電力は購入電力なのでScope2に移ります。EV化でScope1が減りScope2が増える、という動きは開示上よく見られます。
Q3. Scope3の数字はどこまで正確なの?
Scope3の多くは「調達金額×業界平均の排出原単位」といった二次データによる推計で、Scope1・2に比べて精度は粗いのが実情です。それでも「どこに排出が集中しているか」を把握し削減の優先順位を付けるには十分機能します。精度の議論は一次データと二次データの違いで詳しく扱っています。
Q4. 中小企業もScope3まで算定すべき?
まずはScope1・2からで問題ありません。取引先から求められるのも大半はScope1・2の数字です。はじめてのScope1・2算定 5ステップガイドから着手してください。
Q5. 温対法で国に報告している数字と同じもの?
似ていますが別物です。温対法(SHK制度)の報告は国内・事業所ベースで、開示のScope1+2は連結・グローバルが基本。またScope3は温対法の対象外です。制度の全体像は日本の制度マップで整理しています。
Q6. 「Scope4」という言葉を聞いたのですが?
GHGプロトコルの正式な区分ではありません。自社製品が社会の排出削減に貢献した量(削減貢献量)を俗に「Scope4」と呼ぶことがありますが、これは自社排出の削減とは別概念で、Scope1〜3と足し引きしてはいけません。詳しくは削減貢献量の解説を参照してください。
Q7. 借りているオフィスの電気は誰のScope?
電気代を自社で払っている(契約している)なら自社のScope2です。ビルオーナー契約で共益費に含まれる場合も、実務では床面積按分などで推計して自社のScope2に計上するのが一般的です。同じ排出がオーナー側のScope1・2と借り手側のScope2・3に同時に載ることがありますが、これも前述のとおり設計上許容されている重複です。
ポイント: Scope1+2は「自社の排出」、Scope3は「自社が関与する社会の排出」。3つに分けるのは打ち手が違うから。ダブルカウントは欠陥ではなく、全員を当事者にするための設計。