日本企業のGHGに関わる制度は複数あり、「国への報告」と「市場への開示」と「排出への値付け」が別の法律・枠組みで動いています。個々の制度を調べる前に、まず全体地図を持ちましょう。この記事では主要制度それぞれの対象要件・提出物・スケジュールまで一段深く掘り下げます。
制度マップ — 全体像
| 制度 | 性格 | 対象・内容 |
|---|---|---|
| 温対法(SHK制度) | 国への報告+国による公表 | 一定規模以上の排出者(特定排出者)が排出量を毎年報告。結果は公表される。当サイトの「全国データ11,701社」の出典 |
| 省エネ法 | 国への報告+効率改善の努力義務 | エネルギー使用量(原油換算1,500kl/年以上)の報告と原単位改善 |
| SSBJ基準 | 投資家への開示 | ISSB(国際基準)を踏まえた日本のサステナ開示基準。Scope3開示まで求められる |
| GX-ETS | 排出量取引(カーボンプライシング) | 2026年度に本格稼働(第2フェーズ)。排出10万t以上の企業は参加義務 |
| 東京都・地方条例 | 自治体への報告・削減義務 | 都の大規模事業所向けキャップ&トレード制度など |
| SBT / CDP / RE100 | 任意の枠組み | 法律ではないが、取引先・投資家からの評価に直結する事実上の標準 |
温対法(SHK制度)— 国内で最も裾野の広い報告制度
地球温暖化対策推進法に基づく「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度(SHK制度)」です。ポイントは3つ。
- 対象(特定排出者) — エネルギー起源CO2については、全事業所合計のエネルギー使用量が原油換算1,500kl/年以上の事業者(省エネ法の特定事業者等)。CO2以外の温室効果ガスは、ガスの種類ごとに3,000t-CO2e以上かつ常時使用する従業員21人以上の事業者。一定規模以上の輸送事業者も対象
- 提出物と流れ — 毎年度、前年度の排出量を算定して事業所管大臣に報告。現在は電子報告システムEEGSでの提出が基本。報告内容は国が集計・公表する
- 数字の性格 — 対象は国内・事業者(事業所)ベースのScope1+2相当。連結グローバルの開示値とは範囲が異なり、Scope3は対象外
この制度の報告データが、当サイトの全国データ(11,701社)の出典です。上場・非上場を問わず「国に報告している会社」を横断的に見られるのが特徴です。
省エネ法 — 温対法とセットで動く効率改善の制度
正式名称は「エネルギーの使用の合理化及び非化石エネルギーへの転換等に関する法律」。GHGではなくエネルギーを管理する法律ですが、実務では温対法と一体で運用されます。
- 対象(特定事業者) — 全社合計のエネルギー使用量が原油換算1,500kl/年以上。工場・オフィス・店舗など業種を問わない
- 義務 — エネルギー管理統括者等の選任、毎年度の定期報告書と中長期計画書の提出、エネルギー消費原単位を中長期的に年平均1%以上改善する努力目標
- 評価制度 — 提出内容に基づき事業者をクラス分け(優良事業者は公表、停滞事業者には指導)する仕組みがある
- 2023年改正 — 非化石エネルギーへの転換目標の設定・報告が加わり、「省エネ」だけでなく「エネルギーの脱炭素化」まで守備範囲が広がった
温対法のエネルギー起源CO2は省エネ法の定期報告と連動して報告できるため、担当者は実質「1つの報告実務」として扱うことが多いです。
SSBJ基準 — 有価証券報告書でのサステナ開示義務化
SSBJ(サステナビリティ基準委員会)は、ISSBの国際基準(IFRS S1/S2)を踏まえた日本版の開示基準を2025年3月に確定・公表しました。ユニバーサル基準と、一般開示・気候関連のテーマ別基準で構成されます。
- 適用スケジュール — 東証プライム上場企業のうち時価総額3兆円以上は2027年3月期から、1兆円以上は2028年3月期から適用。その後、対象を段階的に広げる方向で制度整備が進む
- 開示内容 — ガバナンス・戦略・リスク管理・指標と目標の4本柱。GHGはScope1・2に加えてScope3の開示まで求められるのが最大のインパクト
- 開示場所 — 任意のサステナ報告書ではなく有価証券報告書。虚偽記載の責任を伴う法定開示になるため、算定プロセスの内部統制・証跡管理が急務になる
- 保証 — 開示情報への第三者保証も段階的に導入される方向で議論が進んでいる
Scope3開示の実務的な論点はSSBJとScope3の解説記事で詳しく扱っています。
なおSSBJ適用より前から、2023年3月期以降の有価証券報告書には全上場企業向けの「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄が設けられており、コーポレートガバナンス・コードは東証プライム上場企業にTCFD提言(またはそれと同等の枠組み)に基づく気候関連開示を実質的に求めています。SSBJはこの流れを、詳細な基準を伴う本格的な開示義務へ引き上げるものと位置づけられます。
GX-ETS — 排出量取引が「義務」になる
GX推進法・改正GX推進法に基づく排出量取引制度です。2023年度から任意参加(GXリーグ)で試行され、2026年度に本格稼働。CO2排出量10万t以上の企業は参加が義務になります。対象企業は排出枠の割当てを受け、超過すれば市場で枠を調達する必要が生じ、排出に事実上の価格が付きます。さらにその先には、化石燃料の輸入事業者等への賦課金(2028年度導入予定)も控えており、日本のカーボンプライシングは段階的に強化されていきます。詳細はGX-ETSの解説へ。
東京都・地方条例
東京都は国に先行して、大規模事業所(原油換算1,500kl/年以上)を対象としたキャップ&トレード制度を2010年度から運用しています。削減義務率が課され、未達なら他事業所の削減量等でのオフセットが必要です。埼玉県にも同様の制度があります。都内・県内に大きな事業所を持つ企業は、国の制度と二層で対応することになります。
フロン排出抑制法 — 見落とされがちな隣の制度
GHGはエネルギー起源CO2だけではありません。業務用の空調・冷凍冷蔵機器の冷媒フロンは温暖化効果が非常に大きく(CO2の数百〜数千倍)、フロン排出抑制法が機器の管理者に簡易点検・定期点検、漏えい時の記録、廃棄時の適正な引渡しを義務付けています。一定量以上のフロンを漏えいした事業者には国への報告義務もあります。フロンの漏えいはScope1に計上されるため、算定実務とも直結します(算定ガイド)。
自社はどれに該当するか — 簡易チェック
- エネルギー使用が原油換算1,500kl/年以上(目安として電力だけなら概ね数百万kWh規模)→ 省エネ法の特定事業者+温対法の報告対象の可能性が高い
- CO2排出10万t/年以上 → 2026年度以降、GX-ETSへの参加義務
- 東証プライム上場 → ガバナンス・コードによる気候開示。時価総額3兆円以上なら2027年3月期からSSBJ適用、1兆円以上なら2028年3月期から
- 上記のどれにも該当しない中堅・中小企業 → 法的義務は当面軽いが、取引先経由のデータ要請(Scope3対応)は規模に関係なく届く(取引先からの排出量要求への対応)
時系列で見る — いつ何が来るか
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 毎年度 | 温対法・省エネ法の定期報告(対象事業者) |
| 2026年度 | GX-ETS本格稼働(排出10万t以上は義務参加) |
| 2027年3月期 | SSBJ開示適用開始(時価総額3兆円以上のプライム上場企業) |
| 2028年3月期 | SSBJ開示が時価総額1兆円以上に拡大 |
| 2028年度 | 化石燃料賦課金の導入(予定) |
よくある混同
- 温対法の数値≠開示のScope1+2 — 温対法は国内・事業所ベース、開示は連結・グローバルが基本。当サイトの企業詳細ページで両者を並べているのはこのため
- 報告していても開示していない企業は多い — 温対法で国に報告済みでも、自社サイトでScope別に開示しているとは限らない。データベースでは詳細開示436社と全国報告11,701社を分けて収録している
- Scope3は温対法の対象外 — Scope3が出てくるのはSSBJ・SBT・CDPなど開示・任意枠組みの世界
- 省エネ法は「エネルギー」、温対法は「GHG」 — 似ているが管理対象が違う。フロン漏えいなど非エネルギー起源の排出は温対法側の話
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ポイント: 「国に報告する制度(温対法・省エネ法)」「市場に開示する制度(SSBJ)」「排出に値段を付ける制度(GX-ETS)」の3レイヤーで捉える。2026〜2028年に義務の波が連続して到来する。