SSBJ(サステナビリティ基準委員会)基準の適用により、日本企業のScope3開示は「任意の取り組み」から「制度対応」へ変わります。この記事では、適用スケジュール、SSBJ基準がScope3について求めること、算定・開示で実務上詰まる点、そして準備のロードマップを整理します。
適用スケジュール
SSBJ基準は2025年3月に確定し、有価証券報告書での開示に用いられます。金融庁の2026年2月公布内容では、東京証券取引所プライム市場上場会社について、次のとおり段階的にSSBJ基準が適用されます。
| 対象 | 適用時期 |
|---|---|
| 平均時価総額 3兆円以上 | 2027年3月期から |
| 平均時価総額 1兆円以上 | 2028年3月期から |
それ以降の対象拡大の時期は、今後の議論を確認する必要があります。直接の適用対象は大手上場企業ですが、適用企業のScope3算定には取引先のデータが必要です。制度対応の波は、サプライチェーンを通じて非上場・中堅中小企業へ確実に波及します。3月決算の企業にとって2027年3月期の開示とは、2026年4月から始まる年度の排出量を算定して報告するということです。準備の時間は、見た目ほど残っていません。
SSBJ基準がScope3について求めること
SSBJの気候関連の基準は、Scope1・2・3の温室効果ガス排出量をそれぞれ開示することを求めます。Scope3については、15カテゴリのうちどのカテゴリを算定に含めたかを明らかにし、測定に用いたアプローチ、インプット(活動量と原単位)、前提条件を説明することが求められます。金融機関には投融資先の排出(ファイナンスド・エミッション)に関する追加の開示があります。
実務上のポイントは、「含めなかったカテゴリ」にも説明が要る点です。TANSOの集計では、Scope3のカテゴリ内訳を開示する430社の開示カテゴリ数の中央値は9で、13以上を開示する企業は20社、5以下は55社です。カテゴリ別の開示社数もカテゴリ1が413社に対し、カテゴリ8(リース資産・上流)は69社、カテゴリ14(フランチャイズ)は26社と偏りがあります。該当がないから開示しないのか、算定できていないから開示しないのかを、自社の言葉で区別できる状態が必要です(各カテゴリの考え方は15カテゴリの解説)。適用初年度の経過措置の有無や内容は、基準本文と金融庁の公表資料で確認してください。
「数字を出す」だけでは終わらない
Scope3の定量情報について、単に排出量を記載するだけでなく、算定における推論過程や、社内の開示手続についても記載が求められる点が重要です。
実務への影響を具体化すると、次のようになります。
- どのカテゴリを・どの範囲で・どのデータと原単位で算定したかを説明できる状態にする
- 活動量データの出所と収集プロセスを文書化する
- 算定結果が社内のどの手続(レビュー・承認)を経て開示されるかを整備する
Scope3は「とりあえず排出量を計算する」業務から、「算定根拠・データ・社内プロセスを継続的に管理する業務」へ移行しつつある。
有価証券報告書に載る情報は、財務報告と同じ目線で見られます。「担当者のExcelに式が入っている」だけでは、レビューした人が式の妥当性を確認できず、翌年に担当者が替わると再現できません。算定方針書(範囲・方法・原単位の出典と版・除外項目とその理由)を先に作り、算定はその方針書に従って行う、という順序に変えることが実務の核心です。
実務で詰まる5つの点
- 連結範囲のデータ収集 — 有価証券報告書の開示は連結が前提です。海外子会社を含めた購買・物流・廃棄物のデータを同じ定義で集める仕組みがないと、算定の前段で止まります。初年度は主要拠点から始め、対象外とした拠点と理由を記録します
- 原単位のバージョン管理 — 環境省の排出原単位データベースはVer.3.6(2026年4月)で17シート・1,300セルが変更されました(Ver.3.5→3.6の変更点)。前年比の変動が「活動量の変化」なのか「原単位の更新」なのかを説明できるよう、使用した版を毎年記録します
- カテゴリ1の粒度 — 購買金額×原単位で算定する限り、削減施策の効果が数字に出ません。開示の説明では「金額ベースの推計であり、主要サプライヤーから順に一次データへ置き換えている」と、方法の限界と改善計画をセットで書けるようにします(一次データと二次データ)
- 開示時期の前倒し — 有価証券報告書と同時期の開示は、従来の統合報告書より早いスケジュールになります。年度末から算定を始めると間に合わないため、四半期ごとの集計や、前年データを使った暫定値の運用を検討します
- 属人化とツール — Excelでの算定は初年度なら現実的ですが、複数年・連結・レビュー証跡が求められる段階で限界が来ます(Excel管理の限界)。システム化の要否は、算定方針書ができてから判断します
算定の次は「一次データ・削減」
環境省は2026年3月に「サプライチェーンを通じた組織の温室効果ガス排出量算定に関する基本ガイドライン Ver.2.8」を公開しました。現在の政策の力点は、一次データの活用、サプライヤーエンゲージメント、取引先との協働削減、デジタル技術による算定・データ取得の効率化に移っています。
開示制度は「算定して報告する」ことを求めますが、投資家が読むのは削減の見通しです。算定の根拠が整った企業ほど、どのカテゴリのどの取引先に働きかければ数字が動くかが見えるため、開示と削減は同じ土台の上に乗ります。SSBJ対応を「開示のための算定」で終わらせず、削減の打ち手が見える粒度で算定することが、二度手間を防ぐ最短ルートです。
よくある誤解
- 「時価総額3兆円以上の企業だけの話」 — 適用企業のScope3の大半は取引先の排出です。適用企業が算定の説明責任を負う以上、そのデータを出す取引先にも同じ水準の根拠が求められます
- 「統合報告書で開示済みだから対応済み」 — 有価証券報告書では、数値に加えて推論過程と社内手続の記載が求められ、財務報告と同じ目線で読まれます。既存の数値をそのまま載せ替えるだけでは足りません
- 「Scope3は精度が低いので開示できない」 — 求められているのは精度の高さではなく、方法とその限界、改善の計画を説明できることです。金額ベースの推計でも、根拠が示せれば開示できます
準備のロードマップ — いま何をすべきか
- 適用対象・時期の確認 — 自社(または主要顧客)がいつから対象になるか。自社が対象外でも、主要顧客が2027年3月期の対象なら、その顧客の算定に使うデータの依頼は2026年度中に届くと考えて準備します
- 算定根拠の棚卸し — 既存の算定が「説明できる状態」かを点検する。カテゴリごとに、活動量の出所・原単位の出典と版・除外した範囲・計算の担当者とレビュー者を一覧にし、空欄の箇所が今年の課題です
- データ収集の業務設計 — 毎年回るプロセスとして担当・手順・システムを整える。購買・物流・総務・人事など、データを持つ部門ごとに「何を・いつまでに・どの形式で」出すかを決め、締め日をカレンダーに固定します
- 一次データ化の優先順位づけ — 排出量の大きいカテゴリと取引先を特定し、依頼先の順番と様式を決めます。経営層には、制度対応と取引維持の両面から説明します(経営者向けの整理)
ポイント: SSBJ基準は2025年3月に確定し、プライム市場の時価総額3兆円以上は2027年3月期、1兆円以上は2028年3月期から有価証券報告書で適用される。Scope3は排出量の数字だけでなく、算定の推論過程と社内手続の記載が求められる。詰まるのは連結範囲のデータ収集、原単位の版管理、カテゴリ1の粒度、開示時期、属人化の5点で、算定方針書を先に作る順序に変えることが準備の核心である。